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秋の食卓で楽しむ漆のお椀

里芋の炊き合わせや、きのこの吸物。秋の料理を漆のお椀に盛るなら、どんな文様を選びましょうか。紅葉や秋草を思い浮かべる方も多いでしょうが、菊や稲雀にも、それぞれ使ってみたくなる理由があります。

菊なら秋だから、稲なら実りの季節だから。それも一つの選び方です。ただ、文様の意味を少し知ると、「今日は誰と、何を祝って食卓を囲むのか」というところまで、椀選びが広がります。梶古美術でこれまでに紹介してきた椀を例に、料理を盛る器としての使い方と、絵柄に託せる思いを見ていきましょう。

黒塗菊図金蒔絵煮物椀

菊が秋の椀に描かれる理由

菊と秋を結びつけるものに、九月九日の「重陽の節句」があります。今の暦ではまだ暑いころですが、旧暦の九月九日は菊が咲く時期に重なります。それで「菊の節句」とも呼ばれ、菊に長寿を願う行事として親しまれてきました。秋の花を写したというだけでなく、人の健やかな暮らしを願う意味も重なっているのです。

漆器にも、その考えは古くから表れています。九州国立博物館所蔵の「菊蒔絵手箱」は十四世紀の作で、同館の作品解説では、菊を延命長寿を象徴する吉祥文として説明しています。花が咲く季節と、花に託してきた願い。その両方を知ると、菊の見え方も変わってきませんか。

当店で紹介した「黒塗菊図金蒔絵煮物椀」では、ふっくらした椀の形に沿って花と葉が広がり、金の細かな粒が見える葉と、面で金色を見せる葉とが描き分けられています。黒一色の身の内側に対して、蓋裏にも菊がある。閉じて並べたときの華やかさと、料理を盛る面のすっきりした様子が、うまく組み合わされた椀です。

たとえば蕪や里芋に青菜を添えた煮物なら、白や緑が黒地にはっきり映ります。蓋を取って料理をいただくとき、外側の大きな文様は視界の中心から少し退きます。食卓に置いた姿だけでなく、食べているあいだの見え方まで考えられるところが、蓋物の面白さでしょう。

菊は法事の席だけの花ではありません

菊と聞いて、まず仏壇に供える花を思い浮かべる方もいるかもしれません。それでは、菊のお椀は法事向けなのでしょうか。文様の歴史を見ると、祝いの席にもつながる花であることが分かります。

よく分かる実例が、徳川美術館所蔵の「菊の白露蒔絵調度」です。これは寛永十年(一六三三)、大姫が加賀前田家へ嫁ぐ際の婚礼調度。菊を蒔絵にした道具が、結婚という慶びのために用意されました。仏事で菊を使うことと、菊の文様を慶事に使うことは、矛盾しないのです。

長寿の意味を踏まえれば、ご両親や祖父母の誕生日に菊の椀を出すのもよいでしょう。「いつまでもお元気で」という気持ちを、食事の中にさりげなく添えられます。秋に生まれた方だけに限る必要もありません。菊は秋らしい花であると同時に、季節を越えて祝いの願いを託せる文様でもあります。

もちろん、どの菊の器も、どんな席にも同じように合うわけではありません。写実的な一輪の菊と、花を繰り返した文様では印象が違いますし、色や金の使い方、一緒に描かれたものによっても雰囲気は変わります。家の習慣やお客様の受け止め方を大切にしながら、椀全体を見て選びたいところです。

稲と雀が伝える実りと豊かさ

堅地屋清兵衛造の「稲雀蒔絵煮物椀」は、外側に雀、内側に稲を配した椀です。蓋の内側では穂を広げた稲束が大きく描かれ、身の内側には横たえた稲束が見えます。同じ稲でも向きや広がりを変えてあり、身と蓋を並べると、その違いがよく分かります。

実った稲を雀がついばむ光景は、収穫の季節そのものです。農家にとって雀は、歓迎してばかりもいられない相手です。暮らしの中の身近な光景が、器や着物では豊かさを感じさせる図柄にもなっています。

その意味を考える手がかりに、国立能楽堂所蔵の十八世紀の装束「浅葱地稲穂福良雀模様素襖」があります。この作品では、束ねた稲は豊作を、丸々とした「福良雀」は豊穣を表す吉祥文と解説されています。稲や雀を組み合わせた意匠には、秋の景色を楽しむだけでなく、十分な実りを喜ぶ読み方があるのです。

椀の雀は、この装束のように丸く図案化された福良雀とは描き方が違いますが、稲束と合わせて見ることで、実りや暮らしの豊かさを感じることができます。こうした意味を手がかりに、今の食卓での使い方を考えてみましょう。

稲雀蒔絵煮物椀 左が身の内側、右が蓋の内側

祝いの食卓へ使い方を広げる

稲雀の椀を秋に使うなら、新米のご飯に、里芋やきのこの煮物を添える献立が思い浮かびます。食卓に実際の収穫と文様の実りが重なり、季節の取り合わせを素直に楽しめます。

そこから少し使い方を広げて、家族が集まる日には、これからも豊かに暮らせるようにという願いを。仕事の節目を祝う会では、皆で積み重ねたことが実った喜びを。そんな気持ちで稲雀の椀を選ぶのも一案です。「皆さんの仕事が実りましたね」と、椀を選んだ理由を一言添えれば、食事もその日の集まりらしいものになりそうです。

子どもの誕生や成長を喜ぶ食事にも、同じように考えられます。稲穂と雀は、明治時代の子どもの祝い着にも見られる図柄です。家族で食卓を囲み、食べるものに恵まれて育ってほしいと願う。そんな気持ちをこの椀に重ねるのもよいでしょう。

こうした席が春や夏であっても、祝いの意味から椀を選び、盛る料理にはその時季のものを取り入れることはできます。秋以外には使えないとしまい込むより、出番を考えてみたいですね。一方で、季節の取り合わせや約束事を大切にする茶事などでは、その席の趣向に合わせることも必要です。

秋草や雁で季節の景色を添える

祝いの意味を知ると使い道は広がりますが、すべての絵柄におめでたい意味を探す必要もありません。今日は秋の景色を楽しみたい。そういう椀の選び方もあります。

「雁蒔絵吸物椀」は、外側を黒く静かにまとめ、内側に雁と水辺の文様を描いています。絵柄のある皿と並べても、蓋をした姿はすっきりしています。きのこの吸物を盛り、手持ちの染付の皿と合わせるなど、他の器との取り合わせを考えたくなる椀です。

「秋草蓋内鈴虫蒔絵吸物椀」は、外側に萩や薄、蓋裏に鈴虫を配し、身の内側は黒塗りにしています。秋草と虫の姿に季節を感じながら、料理を盛る面は簡潔に使える。小さな虫の意匠も、こうした食器全体の構成の中で見ると、出番を考えやすくなります。

料理と集まる人から一椀を選ぶ

お椀は料理をいただくためのものです。文様に惹かれたら、次に、いつもの吸物や煮物を盛った姿を思い浮かべてみてください。汁を張る余裕があるか、具に箸を入れやすいか、蓋が料理に当たらないか。口径だけでなく、身の形や深さも選ぶ手がかりになります。

内側に稲が描かれた椀なら、盛り付けたときにどの部分が見えるかも気になります。ただ、絵を全部見せようとして料理を窮屈にすることはありません。食べ進めるにつれて文様が現れるのも、食器として使うからこその楽しみです。

古い椀を実際に使う際は、ひびや塗りの剥がれ、修理の有無などを確認し、温かい汁物を入れるといった具体的な用途を販売店に伝えてください。見た目だけで食用に適するとは判断できません。手入れもその品の状態に合わせ、使えることを確認した一般的な漆器の食器は、柔らかいスポンジと中性洗剤で洗い、水分を拭き取ります。長時間のつけ置きや電子レンジ、食器洗浄機は避けましょう。

秋の料理を楽しむ日には、季節の景色を。誰かを祝う日には、長寿や実りの願いを。同じ椀でも、献立と集まる人が変われば、選ぶ理由も変わります。文様を知る楽しさを、次の食卓で使う楽しさにつなげていただければと思います。

2026-10-03 | Posted in | Comments Closed