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江戸更紗の魅力とはー日本人の美意識と職人技が生んだ美しき伝統工芸品

江戸更紗とはどのような更紗のことか

(写真引用:東京都染色工業協同組合

この記事を読んでいる皆さんは、「更紗」がどういうものなのかということは既にご存知の方が多いかもしれません。更紗の概要については、別記事の「更紗の模様をご紹介。日本和更紗と海外とで異なる趣」などでご紹介しておりますので、ぜひこちらも読んでみてください。

日本においても各地域で独自の特徴を持つ更紗が生まれましたが、この記事では江戸で生まれ、発展した「江戸更紗」についてご紹介します。

 

江戸更紗が生まれた背景

日本に輸入されて気に入られたインド由来の更紗ですが、非常に高価なものであったため、当時の庶民には到底手が届くものではありませんでした。そこでインド更紗を模倣し、日本の染色技術を駆使した更紗が国内でも生み出されるようになったとされています。国産の更紗を総称して「和更紗」と呼びますが、地名をとって「長崎更紗」「京更紗」「鍋島更紗」「天草更紗」、そして「江戸更紗」などが生まれました。

 

各地で生まれた和更紗ー江戸更紗の中心地について

江戸時代の終わり頃、大阪から型染めの職人が江戸にやってきて始めたことが、江戸更紗の起源といわれています。当時、江戸の染め物の中心地といえば神田紺屋町でした。それが次第に現在の新宿区や豊島区の地域へと、染め物の中心が移っていったようです。その背景には、染め物には欠かせない「水」が関係しています。

糊や染料を洗い流す際など、染色には大量に水を必要とする工程があります。そのため、染物屋はほとんどの場合、川の近くに集まりました。京都では鴨川などの周辺に染物屋が集まっています。江戸の場合はそれが神田川だったようです。

神田紺屋町で始まった江戸の染色文化ですが、次第に川の水質汚染が目立つようになったため、明治時代以降になると職人たちは川を遡っていくようになったと考えられています。それが、現在の早稲田界隈や高田馬場、落合といった地域になります。特に、落合という地名は「神田川と妙正寺川が落ち合う」という由来を持つといわれているくらい川の水が豊かな場所であり、職人たちに合わせて関連産業も移動してきて、染め物の一大産地になったようです。

 

江戸の水が生み出したわびさび

(写真引用:東京都労働産業局

水と染め物は切っても切り離せない密接な関係にあることは先に述べたとおりですが、それは染め物の仕上がりにも影響します。

京都で作られる京更紗は華やかな色合いのものが多いですが、対して江戸更紗は、渋味が感じられるのが特徴です。京都の川の水質は軟水ですが、神田川をはじめとする江戸の川の水質は硬水であることが多く、川の水に含まれる鉄分が化学反応を起こし、江戸更紗独特の渋味が生まれるのです。

この渋味が「侘び」「寂び」を感じる日本人の美意識と絶妙にマッチして、当時の人から好まれたことは想像に難くありません。

 

江戸更紗は日本伝統の技法を応用して誕生

江戸の水質の恩恵を受け、独特な味わいのある作品が生まれた江戸更紗ですが、江戸更紗の特徴的なところはそれだけではありません。染色の方法にあります。

和更紗の製法は、手描き、型紙染め、型紙と木版の併用という3種類に大別されますが、手描きは量産が難しく次第に少なくなっていったようです。また、日本には良質な和紙があったため、日本では型紙を用いる手法が発達したといわれています。

 

型紙が、美しい江戸更紗の立役者に

江戸更紗も手漉きの和紙で作った型紙を用いて染める方法で作られることが多いですが、その型紙の数が非常に多いのが特徴です。比較的簡単な模様でも数十枚の型紙を使い、時には数百枚の型紙を使って作られることもあるようです。

江戸更紗の型紙に使われるものとして、伊勢和紙で作られる伊勢型紙が有名です。伊勢(現在の三重県あたり)の白子という地域の職人によって作られました。伊勢和紙を柿渋で貼り合わせて固めることで、薄くても丈夫な和紙が出来上がります。先に述べたように、江戸更紗は型紙を幾十にも重ねて染色されますが、伊勢型紙が高く評価される理由は、その質の高さと、何十枚重ねても模様を狂いなく重ねることができる職人の技術力と考えられます。

 

江戸更紗の基本的な制作工程について

(こちらは梶古美術で扱っているインド更紗の一部です)

江戸更紗が、いかに精巧な作りで出来ているかがお分かりいただけたかと思います。
ここで、江戸更紗の制作工程について簡単にご紹介したいと思います。

【江戸更紗の制作工程】
1、まず、着物などに描きたい柄や模様の下図を描きます。

2、次に、下図を見ながら型紙を彫っていきます。この際、色や柄などいくつかのパーツに分解して彫り進めていくため、職人の経験だけでなく勘やセンスも必要で、非常に高い技術力が求められる工程です。

3、下図に合わせて色を調合します。

4、捺染板と呼ばれる約14メートルの長い板に白生地を貼り、もち米で作った糊で、板と生地の間に空気が入らないよう丁寧に貼り合わせていきます。

5、板に貼った生地の端から型紙を置き、染料を擦り込んでいきます。もう一方の端まで到達したら、また次の型紙を置いて重ねて擦り込んでいきます。この作業を繰り返します。

6、染色が終わったら蒸して色を定着させ、蒸し終わったら水にさらして余分な染料を洗い流します。

7、乾燥させ、形を整えたら完成です。

 

日本人の職人技術の結晶ともいえる江戸更紗

(こちらは梶古美術で扱っているインド更紗の一部です)

前項で江戸更紗の制作工程をざっくりと説明しました。色を重ねる作業一つとっても、職人が自分の目指す色合いになるまで繊細な作業を繰り返しますし、気の遠くなるほど繊細な作業ばかりです。数十枚の型紙を操り、彫り師や染色職人たちが丹精込めて作り上げた江戸更紗は、まさに職人技術の結晶といえるでしょう。

 

現代にも引き継がれる日本人の丁寧な手仕事

江戸更紗の特徴や制作工程について説明してきました。日本各地で独自の発展を遂げた和更紗ですが、実は現代でも産地として現存するのは江戸更紗だけといわれています。
元々は着物や帯などとして用いられることが多かった江戸更紗ですが、今ではその領域にとどまらず、椅子の張り地としてインテリアに用いられたり、ネックレスやキーホルダーなどのアクセサリーや、財布など身に着けるものにも多様に加工され、販売されています。

日本人ならではの細かな職人技が詰まった江戸更紗を、日常に取り入れて楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

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【参考サイト】

 

【参考文献】

  • 田中敦子(2015)『更紗 美しいテキスタイルデザインとその染色技法』誠文堂新光社.
  • 柏木希介(1996)『歴史的にみた染織の美と技術ー染織文化財に関する八章ー』丸善株式会社.
  • 丸山伸彦・道明三保子監修(2012)『すぐわかる[産地別]染め・織りの見分け方【改訂版】』株式会社東京美術.
  • 文化学園服飾博物館(2017)『世界の服飾文様図鑑』株式会社河出書房新社.
  • 熊谷博人(2009)『和更紗文様図譜』株式会社クレオ.
  • 大沼淳(1999)『楽しい古裂・更紗』文化出版局.
2021-03-20 | Posted in | Comments Closed