items

堅地屋清兵衛造 稲雀蒔絵煮物椀 10客

e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623
e623

堅地屋清兵衛とは
初代は京都烏丸の塗師の次男で、寛永16年(1639)、松江藩主松平直政公に藩塗師棟梁として招聘された。
その後、出雲大社造営の塗師棟梁としても働き、五代は漆壷斎という号を授かる。
堅地屋清兵衛の「堅地(かたじ)」は、漆塗りの下地の手法のこと。
昭和初期まで続くが、途絶える。
主に幕末明治期が堅清のピークで、名古屋の松尾流の出入りとなり名古屋と京都を行き来する。

稲雀は秋の季語。
稲が実る頃、群れをなしてついばみにやってくる雀をいう。農家にとっては頭痛の種。
芭蕉の「稲雀茶の木畠や逃げどころ」の句が「季の詞」として詠まれた最初といわれる。

  • 商品名:堅地屋清兵衛造 稲雀蒔絵煮物椀 10客
  • サイズ:直径13.5cm 高さ9.2cm 高さ(身) 5.8cm
売り切れ
2021-08-26 | Posted in itemsComments Closed